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Twenties Dirtbag

イギリスの大学院で脳の勉強をしてきた25歳、今はボルダリングジムを経営中。基本的にどうでもいいはなしです。

何のための一日か


「目の前にレンガを積んでる人が3人いる」

それぞれ一人ひとりに話を聞いてみた

「何をしているんですか??」



一人目「ただ、レンガを積んでるんだよ」と言っていた。
彼の目は非常につまらなそうだった。


二人目は「レンガを積んで、これで家族を養っている」と言っていた。
彼の目は時々楽しそうだったが、虚しさも見えた。


三人目は「学校に行けない子のために、学びの場を作っている」と言っていた。
彼の目は非常にワクワクしていた。


三人の目標は、全員同じ
「学校を作ること」


しかし、三人の目的は全員異なる

一人目は「目的がなく、ただレンガを積む」

二人目は「家族を養うために、レンガを積む」

三人目は「子どもたちを幸せにするために、レンガを積む」

レンガ積みを『単なる作業』と考えるのか,それとも『たくさんの人々を幸せにするための大事な仕事』と考えるのか,その心のもちかた次第で,仕事の価値は変わり,働き方も変わってくるという話。


同じ目標にもかかわらず、目的は大きく異る。

目標は他人から与えられることが十分ありえる。しかし、目的は他人から与えられない。

意味は自分で見出すものだから。


目の前の目標をただ淡々とこなす生き方か。

全体像として、目的があって、その中で目標をこなすか

では大きく内容の質が変わってくると思う。
自分が持つ目的が、目標(学校)の完成度を変える。


これは、どんなことにも当てはまると思う。
例えば、留学だが、
「何のために留学するか」という問に対して、

「英語を話せるようになりたいから」
というか
「英語を使って仕事がしたい」
というか
「英語を使って、世界中の貧困を救いたい」

というかで、留学の質は大きく変わる。

自分の行う、留学(目標)の先に、誰が待っているのか、どんな未来が待っているのか
その部分が非常に大事。


一日一日にの過ごし方にしっかり目的を持っているか、
ただ、目の前に現れるタスクを処理するだけの一日になっていないか


自分は、こういう生き方がしたくて、それを実現するための一日。
それを常に念頭に置いた一日を生きることが、非常に満足な人生を送るために

不可欠なものと、私は考える。

今日は、何のために、何を実現させるために必要な一日なのか。